■■ 社会文化環境学専攻
■■■  福永真弓 准教授
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春の匂いとチョコレート

春がやってきた。ここ数日の陽気だと、もう初夏だと言っても良いかもしれない。日当たりのいい場所では、2月末から咲き始めたオオイヌノフグリやホトケノザといった花たちに混じって、にょきにょきとカラスノエンドウが伸びている。青い葉や草の匂いも風に混じり始めた。

 不思議なもので、春に新しい別れや出会いを経験するとき、ふと過去の別れや出会いが記憶の中から顔を出す。この時期、草花の匂いに思い出すのは、ある生化学の先生だ。「生物が活発に動き始めると、その二次代謝産物としての匂いの元がいろいろ風に乗ってね、春の匂いになるんだよ。かぐわしいね。」そんな、まるで色気のない春の匂いの説明を授業中にしてくださった先生である。二次代謝産物を説明するなら、花の匂いだけで十分事足りるのに、懇切丁寧に、その時期に活発に動き出す多足類やら甲虫類やらの匂いも説明してくださったものだから、いささか微妙な空気が講義室に漂ったものだ。もちろん、ご本人にとっては何よりも色っぽいお話だったに違いない。話すときの先生は大変幸せそうだった。

その後、10年ほど経って再会した折、私はフィールドワーク先のカリフォルニアのお土産に、バナナナメクジのチョコレートを持っていった。私は自信満々、きっと先生は面白がって喜んでくださると思いきや、「ナメクジだけはダメなんだ、匂いも美しくないし…」と、こちらに申し訳なさそうに、しかし断固として、先生らしい言葉で受け取りを拒否なさったのだった。バナナの匂いが付けられていますから、大丈夫ですよ。そんなフォローをしてみたが、「お土産とはいえ、小さな子が誤解することをしてはいけないと思います。バナナナメクジという名前は形からきているのであって、匂いではないのですから」と、しごくキリリとしたお顔でおっしゃったのであった。もう数年前に鬼籍に入られてしまったが、なんだかあの世でも楽しそうに、この世にはいない生き物を嬉々として追いかけて匂いを嗅ぎ、分析していそうで、春になると先生のことを思い出す。

 春の匂いとチョコレートの思い出である(タイトル詐欺だとは言わせない)。