♦♦ メディカル情報生命専攻
♦♦♦  山岸誠特任講師
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 新領域創成科学研究科の代名詞とも言える「学融合」。当コラムには不適当とご指摘があるかもしれないが、感染症研究にも携わる端くれとして、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)発生時に起こった世界中の異分野の連携を時系列でご紹介したい。

 
2019年12月初旬、第1例目の感染者発見(中国、武漢)。
2019年12月31日、中国における感染者クラスターが初めてWHOに報告。
2020年1月29日、ウイルスゲノムが解読(Lancet 395, 565-574, 2020)。
2020年2月3日、新型コロナウイルスがコウモリから派生したことがゲノムレベルで判明(Nature 579, 270-273, 2020)。
2020年2月19日、ウイルス表面のSpikeタンパク質の人工合成及び立体構造解明(Science 367, 1260-1263, 2020)。
2020年2月25日、宿主(ヒト)の受容体(ACE2)同定(Cell 181, 271-280, 2020)。
2020年3月4日、Spikeタンパク質とACE2の立体構造解明(Science 367, 1444-1448, 2020)。
 
新たなコロナウイルスによる感染症の存在が明るみに出てから、ウイルス(SARS-CoV-2)ゲノムが解読され、宿主(H. sapiens)とのインターフェースが決定されるまでわずか3ヶ月。この驚異的な研究加速には、2002年に流行したSARSをはじめとする新興・再興感染症の経験、研究データの貢献が大きい。さらに、ゲノム解析をはじめとする解析技術、情報解析手法の進歩は欠かせない。これらの基礎研究の成果は、後にPCRや抗原による検査技術、ワクチン開発、治療法開発、感染症疫学、変異株対策へと応用、融合、展開され、社会レベルの感染症対策へと実装されていった。ウイルスは自然選択や免疫的な選択圧などによって進化する。パンデミックとなった感染症を相手にするには、医学、微生物学、免疫学、公衆衛生学、数学、数理統計学、疫学、さらには、経済学、環境学、社会学などの学際的な協力なくしては、終息は望めないだろう。
上記は生物学が軸となった研究成果のごく一部を紹介した。純粋な学問と高度な技術によって裏打ちされた基礎研究と学際的な展開、融合の重要性が改めて世界に示された1例と考える。もしお時間があれば、上記の原著論文をぜひご一読いただきたい。結論が明快で他分野の方にも読みやすく書かれており、いずれもすでに数千回以上引用されている。新たな感染症の発生に対峙した当時の切迫感、焦燥感、そしてサイエンスの質の重要性を感じていただけると思う。研究は競争の世界だが、競う相手は同業の研究者ではなく、未知の感染症だった。
 
人類の歴史は感染症との戦いの歴史でもある。天然痘(天然痘ウイルス)、ペスト(ペスト菌による黒死病など)、スペイン風邪(H1N1インフルエンザ強毒株)などの悪名高い感染症により、人類は幾度となく感染症の大流行を経験し、各時代において数億の人命が犠牲になった(さまざまな統計による諸説あり)。しかし同時に、1798年のジェンナーによるワクチンの発見を皮切りに、各種病原体の同定、抗生物質の発見、医療や公衆衛生の改善などよって、さまざまな感染症を乗り越えてきた歴史でもある。現代の3大感染症(結核、エイズ、マラリア)に対して割って入ったCOVID-19。これまでの歴史を踏まえれば、さらに新たな感染症の発生に対しても決して油断できない。人類の叡智を結集、融合し、感染症に対するレジリエントな社会形成はこれからまさに必要とされるだろう。