11月のコラム
■■ 先端生命科学専攻
■■■ 鈴木雅京 准教授

 私がここ柏キャンパスに来てかれこれ12年が過ぎようとしている。赴任したての頃は環境棟がまだ建設の途中で、大気海洋研はなかった。キャンパスの北側にはうっそうとした雑木林があり、不気味な存在感を放っていた。ある日、研究室の居室から学生達の談笑が聞こえてきた。いつもとは違うただならぬ様子に何事かと見に行ってみると、学生は皆泥だらけではないか。聞けばあの雑木林を南から北へと踏破した、というのである。今であればキャンパスの北側に抜けるまで、生命棟から歩いて10分かからないだろう。しかし、彼らがあの雑木林を突破して北側に抜けるにはたっぷり2時間を要した。身の丈ほどもある林床の雑草、行く手を阻む密生した木々、急斜面を擁する深い窪地、それから池もあったそうだ。その池から捕ったという魚を彼らは天ぷらにして食っていた。あの雑木林の内部がどのようになっているのか、かねがね知りたいと思っていた私は彼らのことが羨ましかった。そんな冒険心旺盛な彼らは今、皆国内外の有名な大学や研究機関のパーマネントポジションに就いている。研究と冒険はよく似ているから、腕白な彼らが例外なく研究職に就けたのは不思議ではあるまい。
 この12年間で柏の葉キャンパス駅前も見違えるほど発展した。人口も一気に増え、これが学校かと思うほどオシャレなデザインの小学校と中学校が新設された。細部まで行き届いたデザイン性を感じることができる、という点で、キャンパス駅前はいわゆる駅前商店街とは一線を画すると思う。SDGsを見据えた「スマートシティ」を一目見ようと、海外から足を運ぶ人もいるそうだ。
 夏のある暑い日のことだった。通り雨をやり過ごしてキャンパス駅から帰ってきた娘が「駅前、ものすごい異臭で吐きそうになった」と言うではないか。原因は、ムクドリが落とした大量の糞だという。確かにここ数年、キャンパス駅前の背の高い街路樹にはおびただしい数のムクドリが集まるようになり、スマートシティの景観を害している。ムクドリは数千から時には1万羽の規模で群れを作り、ねぐらで過ごすという習性がある。「きっとねぐらを追われたムクドリが仕方なく駅前の街路樹をねぐらに選んだんだろうね」私はそう娘に答えた。
 その時、私の脳裏にある光景が浮かんだ。ある日の早朝、研究室に向かうためキャンパス内を歩いていると、あの北側の雑木林から一斉にムクドリの群れが飛び立ったのだ。その光景は点描で描かれた龍が青空に舞っているかの様で、とても幻想的だった。その龍の舞は数分間続き、やがて遠くの空に消えていった。その後キャンパス北側は整備され、あの雑木林はなくなってしまった。彼らは今、どこをねぐらにしているのだろうか。